猿遊会というゲーム会が先週末にありました。
会場を手配したのは僕ですが、このゲーム会とその周辺に僕が感じたものすごくハッピーは空気は、参加くださった皆さん、猿遊会を気にしてくださった皆さん、その他、いろんな人たちによって作り出され、そしてそれらが絶妙に混ざり合わさって出来上がったものです。
今日(こんにち)こそ、ウォーゲームの黄金期である。
そんなことが書かれたブログが最近ありました。同じようなことをTed Raicerもインタビューに答えて言っていました。
猿遊会でいろんな人とお会いして、自分が世界で一番好きなゲームをゲップが出そうになるまでプレイして、僕もそう思っています。会場で、宴席で、ネット上で声をかけていただくたびに顔がほころびっぱなしの、ウォーゲームを通じて最高の時間をすごすことができた週末でした。
猿遊会に参加くださった皆さん、猿遊会を気にしてくださった皆さん、そしてすべてのウォーゲームにかかわる人たちに明日もたくさんいいことがありますように。
ハッピー・ウォーゲーミング!!
最近、カラーのルールブックが増えてきた。分かりやすいとは思うのだけれど、これって脅威なんじゃないかと心配になってきた。
ウォーゲームのルールのPDFファイルを印刷して使っている人って多いと思う。また、売られているゲームに入っているルールブックをコピーして使っている人もそれなりにいらっしゃるんじゃないかと。
PDFの印刷も、ルールブックのコピーも、モノクロならそんなにお金はかからない。でも、カラーだと結構大変だと思う。例えばキンコーズだとA3のカラーコピーが1枚45円だそうで、32ページのルールを印刷したら720円になっちゃう。もっとページ数の多いゲームだって少なくない。
「モノクロで印刷しても大丈夫」という仕様のルールならばいいのだけれど、今後もしかすると「カラーじゃないと使い物にならないルール」が出てくるかもしれない。出版側からすれば、その方がルールブック目当てにゲームを買ってくれるからいい話とも言えるし。
そうやって国産ゲームが売れるようになるのは悪くない話だと思う。問題は外国製ゲームで、今までならPDF作ったり、モノクロの冊子を作ったりすればよかったのが、カラーのルールを添付して売るとなるとコストが全然変わっちゃう。その分、輸入ゲームの売値が上がったり、またはPDFを印刷するコストによってユーザがゲーム購入を少しだけ控えたりして。。。
ルールのカラー化、反対したいなぁ。でも、出版側からするとチャンスですよねぇ。実際、分かりやすいしなぁ、カラー。。。
作戦研究が好きだ、好きじゃない、みたいな話をときどき見聞きする。
趣味の世界なので好きとか嫌いがあるのは自然で、あとはお互いうまく尊重しあって穏やかに楽しみたいものだとは考えつつ、「そもそも、作戦研究なんかしなくてもゲームのツボを見つけちゃう人っているよな」とも思う。
そういう人の存在を勘案するに、実のところ問題は作戦研究そのものの好き嫌いではなく、
作戦研究の結果を発表すること、または
作戦研究をした(している)と発言すること
。。。だったりするんじゃなかろうかという考えに至った。「作戦研究は苦手」という人が、初見のゲームでツボをサクっと見つけちゃう人のことも苦手という訳ではないんじゃないかと。
でも、もしかすると次のような考えの人もいるのかもしれない。曰く、
作戦研究をしないとしても、同じゲームを繰り返しプレイすることで作戦(とかテクニックとか)がどんどん見えてきちゃうのがつまらないから、1ゲームにつき1回しかプレイしませんよ、とか
あの人はゲームのツボをすぐに見つけちゃってつまんないから、初見のゲームを対戦するのは避けてます
。。。うーむ、確かに。こういう考え方もアリといえばアリだよなぁ。
読み手である僕による「ウォーゲームメディアを書き手から見たら」という妄想。
まずはウォーゲームメディアを次の6種類に分類することにしてみた。
1. ウォーゲーム商業誌
2. 非ウォーゲームな商業誌
3. 同人誌
4. Webページ
5. MustAttack
6. 口コミ
それぞれに良いところ、悪いところ、向き、不向き、みたいなものがあるはず。
良し悪しはさておき、向き不向きってどんなのだろう。
・ルールの正誤表などの「必須アイテム」が在庫切れになるとちょっと困る
・商業誌で予期せず良いレビューとかに出会うとかなり嬉しい
・「無いと困る」「見てほしい」は無料メディアだな
・「あると便利」「思わぬ出会い」は有料メディアかも
・そもそもウォーゲーム商業誌に記事が掲載してもらえるとは限らない
・逆にそういうフィルタを通った記事がまとまっていることが雑誌の魅力
・締切がプラスになる書き手と、マイナスになる書き手っているんだろうな
・同人誌は受け手を直接見られるところがメリット(経験がないので推測)
・口コミなら受け手を見られるどころか。。。
・Webはグーグルとかの検索でたどり着く読者がいるところが魅力」
・インターネット上のコンテンツを見ない人、もいるんだよな。。。
・一応「非ウォーゲームな商業誌」を入れてみたけど想像が難しい
・Web系は無料で読めるところが最大のメリットだろうな、やっぱり
・「対価を金銭でほしい」という書き手に向いているのはどれだろう?
・「対価を金銭で払いたい」という読者、という考え方もあったりして
・コメントのつきやすさは、MustAttack > Web > 紙のメディア に思える
・訪問者数などを知りたいならWebとMustAttackを用途に応じて使い分け
・MustAttackには「足あとを残したくないから見ないユーザ」がいそう
・インタラクティブ性なら口コミでしょう、やっぱし
・あ、「a-gameかわら版」のようなフリーペーパーとか
・メールマガジンもあるぞ
・おっと忘れちゃいけない電子書籍
・日本語以外で書く、という前提を加えるとさらに話は広がってしまう。。。
あらら、冒頭の6つの分類を崩壊させてしまった。
まとめて記事にしようと思ったものの、なかなかまとまらない。
というか、まとまっちゃうとつまらなくて、ウダウダ考えるのが楽しくて、つい。
途中でプレイヤーが新たに加わったり、抜けたりしながらウォーゲームをプレイする様式が面白そうだと思っている。
WBCのGCACW卓ではこのスタイルでキャンペーンゲームをプレイしたりするのだそうだ。
また、昨年の猿遊会(僕が開催させてもらっているゲーム会)ではThe Devil’s Cauldronでこのスタイルが試みられていた。
ビッグゲームを多人数でプレイする場合、メンバーをそろえることが大変なのだけれど、それ以上に参加者のプレイ意欲を高く保つことが難しいと思っている。
また、そのような事情ゆえに「途中で気持ちが下向いちゃったら困るから」と最初から参加を見合わせてしまう人も少なくないんじゃないかと思う。
このような心配はプレイヤーが入れ替わり立ち代りすることを前提とした「IKTKメソッド」なら不要。
プレイしたくなったらプレイすればよい。
やる気が低下したり、眠くなったりしたら抜ける。
プレイ相手を待ってる人とか、対戦の予定なく会場を訪れた人も大歓迎。
必要なのは主催者の「参加者が誰もいなくてもソロプレイするからいいんだもーん」という割り切りだけ。
できれば、ふらりと参加する人にルールを説明する練習をしとくなり、スライドを用意しておくなりできればベター。
ウォーゲームをプレイしたことをWebに書く場合、その内容はどれだけユルくてもいいと思っている。つまるところ、読み手がプレイされたゲームを特定でき さえすればよい、とすら思っている。
(この「読み手が特定できる」という部分についても言いたいことがあるのですが、それは別の機会に。。。)
僕としてはプレイしたゲームのタイトルの他、以下の事柄を最低限含めるようにしている。
・自分が担当した軍、陣営
・プレイに要した時間、日数
・プレイ方法(対面か、PBEMか、オンライン対戦か)
・誰が勝ったか
・勝利ポイントや勝利条件の内訳
気持ちがより盛り上がれば画像を載せたり、展開をざっくりと(ときにはこってりと)書いたり、プレイを通じて感じたことや考えたことを説明したりもする。 でも、無理はしない。楽しく書けるようならどんどん書けばいいけれど、重荷になりそうだったり、そんな時間があったら別のことをしたいと思ったときは、前 述の「最低限の項目」だけでおしまい。
しかし、読み手としての僕は「最低限の項目」すらない「タイトルだけの記事」でも全然ありだと思っている。
プレイ内容だったり、作戦研究だったり、プレイを通じた歴史的考えごとだったりを面白くまとめた記事は本当に楽しく、書き手さんはすごいと思う。どんどん そういう記事が発表されてほしい。
でも、そういう記事とは違う、もっと簡便な記事の存在意義は僕にとっては結構大きい。自分の気になるゲームが「プレイした」と紹介されているだけでも、大 きく世界は広がる。おお、プレイしている人がいるんだ。話してみたい。会ってみたい。対戦したい。などなど。
そして、同じゲームを対戦したという記事が他にも出てくるにつれて、それぞれに書かれている情報が積み重なって意味を持つようになってくる。どちらの軍が 勝ちやすいのか。プレイ時間はどのくらいか。面白がられているのか。どんな展開なのか。あ、こっちの記事はもしかしたらルールを間違ってるんじゃないの か。などなど。
「断片的だったり、少量だったりしか情報を出せないから、じゃぁ出すのをやめよう」
そんな風に考える人が出てくるのは、僕はイヤだ。
ウォーゲーマーは少なくて、ウォーゲームはバカみたいにたくさん種類がある。
そんな中で、自分と同じゲームに興味を持つ人を探すのは本当に骨の折れる作業だ。
書きたくないと思う人が無理をして書く必要は全然ない。
プレイするごとに書く必要もない。
気が向いたときに、書けることだけでも書く。
「レッド・ドラゴン・ライジング、米軍で負けた」
。。。これだけでいいので、気が向いたらぜひ書いてみてください。楽しく拝見させていただきます。
> それから、コマンドマガジンでの鹿内さんやblogでの中黒さんはカッコ良過ぎ。普段から、あんなハズはないので、二人にアルコールを注入しつつ、インタビューをして。
> それを矢沢永吉の「成り上がり」を糸井繁里が書いたように、上手くまとめれば、絶対面白い!、と。そんな人間が足りない、とか。欲しい、とか。
千葉会(Tiba Club)2nd 『第七十七回千葉会の報告』@土曜日 その3
http://tibaclub.blog.shinobi.jp/Entry/121/
「普段から、あんなハズはない」と言った記憶はありません(汗)。
(そもそも、中黒さんとは一度対面で挨拶したことしかありませんし。。。)
とはいえ、大筋でこのようなことを述べたことに間違いはありません。
ウォーゲームに関わっている面白い方たちの発言を面白くまとめた本、是非読みたいと思う。
どなたか、ぜひお願いします。
そのインタビューに立ち会いたいとは思いますが、それをまとめる才覚や根性はなし。
インタビューをUstreamでライブ配信するのもイマドキな感じで面白そう。
ウォーゲームに囲碁や将棋のような「持ち時間制」を導入したら面白そうだとは思うものの、ウォーゲームはプレイヤーごとに決断や作業の種類が違うので、一概に時間制限を設けてもうまく機能しなそうであることは想像に難くない。
例えば、動かすユニットが多ければ決断や作業が多くなり、それに要する時間がかかる。または、ぎりぎりの数のユニットをやりくりして戦線を張らなければならないプレイヤーはよりシビアな決断をしなければならない。その他いろいろ。
双方のプレイヤーに適切な持ち時間を設定できれば面白そうではあるものの、この「適切な時間」を決めることが容易ではないことは想像に難くない。ドイツ軍は1ターンに20分、ソ連軍は10分。ただし、ソ連軍の反撃が始まった後はそれを逆転させる。うーむ「反撃」をどう定義するんだ。などなど。
では、持ち時間制ではなく、使った時間を記録するのはどうだろう。勝ったけれど決断にとても長い時間を使った。決断や作業にこれだけの時間しか使わなかったのに勝った。などなど。
以上、短時間でプレイする方がよい、または決断に長時間かけることが悪い、と単純に考えている訳ではなく、単に「時間を計りながらプレイすることの面白さ(またはつまらなさ)」に関する妄想として。
プレイ終了後に記録されたタイムラインを見るのは面白いんじゃないかと思う。どちらのプレイヤーがどの局面で多く(少なく)時間を使ったか。それが重大な決断によるものなのか、単に大量の増援で作業が増えたのか、そのターンに使う特別ルールに惑わされたからなのか、とか。
> ブーム期のゲームの宣伝文句には、なんというか、グッとくるものがあ
> る。もし当時手にできていたら、TVゲームのそれにしていたように、何
> 度もカタログや雑誌を眺め倒していただろうなあ。
Twitter / taku9113
http://twitter.com/taku9113/status/8327936013
親戚からいただいた図書券を換金すべく「できるだけ多くお釣りをもらえる金額の雑誌」という理由で選んだ「Panzer」誌(たしか600円だった)に掲載されていたウォーゲーム広告を見て、僕が「ワクワク」を感じたのは30年前のことだ。
僕がウォーゲームにより惹きつけられるのは、それから半年後にホビー・ジャパン誌を手にとったときのことなのだけれど、もし種がまかれるというものがあるならば、この「お釣りがほしくて買ったPanzer」こそがそれなんだろう。
それ以降も僕は色々なモノをオカズにワクワクを感じて今日に至っている。
・ホビージャパンの裏表紙とかカタログ
・ホビージャパンやタクテクス誌のゲームレビュー
・池袋コミュニティカレッジにおけるレックのメンバーたちによるプレイ
・Balbore Games(だったかな?)のカタログ
・HJが出したASLの和訳
・ニフティサーブのFGAME
・KOSさんのWebサイト
・ConSimのForumとかGamersやGCACWのメーリングリスト
冒頭の引用と同じように、僕はこれらを眺め倒す時間を送った。意識の地平がばーんとひらけるようなワクワクを感じながら。
A. 小麦粉とベーキングパウダーを混ぜてふるう
B. 卵をほぐし、砂糖と牛乳とバニラエッセンスを入れる
C. AとBと溶かしたバターをまぜる
D. バターをしいたフライパンでCを焼く
ホットケーキが大好きな僕は以上のステップを面倒だと思わないけれど、ホットケーキミックスを使えばこれらのステップの半分くらいは省くことができる。
ポイントはどのステップを省くかで、生卵と牛乳はユーザに入れさせた方がおいしいとか、焼成はユーザにさせた方ができたてでいいよとか。さらにはどのステップを残すとユーザが自分で作った気になるか、という部分も大事。
ウォーゲームもそういうものなのかもと思う。
ユーザが戦争について分かったような気になれるように、戦争における決断を追体験したような気になれるように、という目的のために何を製品にあらかじめミックスするか決め、何をユーザの作業や思考として残すか、という判断の結果がウォーゲーム。
今更ながら、エポックバルジのデザイナーズノートにある「誇張と省略」はそういうことを言っているんだろう。
。。。などと朝食用のホットケーキを焼きながら思った。
(なお、以上の文章は大昔に読んだ「ジャミネーターはホットケーキミックス」という話にインスパイヤ(笑)されたものであります)